ラヴィオリ

最近考えてること

なにが幸せ?

幸せってなんだろー!


現代人の永遠の課題ですよね。


人によって千差万別だし、幸せの度合いだって様々です。

ミルクティーを毎日飲めればそれで幸せ!って人もいれば(わたし)、お金持ちの人と結婚して自分は毎日趣味に興じられたら最高!って人もいる(わたし)。

わたしは基本的にアルバイトが大っ嫌いだけど趣味がない人の中にはアルバイト正社員問わず仕事が生きがいって人もいて、お客様に喜んでもらえたら幸せ♡そんな人もいます。

すごいな。


さて上記のように幸せというものが人によって全く違うということはみなさんよくご存知だと思います。

しかし幸せにいたるまでのプロセスも人によって全く違うということを知っている人は意外に少ないんじゃないでしょうか。


どういうことかといいますとね、多くの人がぱっと思いつく幸せまでのプロセスって偏差値の高い進学校に入って偏差値の高い大学に入って手堅い職について素敵な人と出会って結婚&出産って感じじゃないですか。

私・俺はそうじゃないよ!って人はちょっと我慢して聞いてください。

わたしなんかは公立の進学校が一個しかない小さな田舎で育った子どもだったので成績がすべてというか、地元の進学校に通って大学行くのが正しい道、みたいに刷り込まれていました。

まあその通りになったんだけど。

それになんの疑問も持たなかったしそうすれば安全だと思ってたし親も親戚も先生も喜んでた。

今大学三年生なんですが振り返るとまあまあ良い選択であったと思います。

他の選択肢を知らなかったともいえる。


じゃあ進学できなかった人は落ちこぼれなのか。

大学行けなかったら負けなのか。

正直高校生の時は高校や大学に行かない人のことを見下してました。

見下すまではいかないかもしれないけど、かわいそう、みたいな。

本人たちからしたらひどい話よね。

うるせー!って感じよね。

ごめん。

でも当時はなんにも疑問に持たずかわいそうって思ってた。


で最近になってようやっとその意識が変わり始めたのね。

わたしの知り合いにいっぱい努力してるのに成績があまり良くなくて、それでもがんばって大学進学したけど人間関係がこじれて中退したという子がいます。

自分は勉強しなくても成績はわりと良かったからずっとその子のことかわいそうだと思ってた。

幸せになれないんじゃないかって。


でもさ、なんだかその子、今すごく幸せそうに見えるのね。


本人に幸せかどうか直接聞いたわけじゃないんで言質はないですけど、なんかわたしより幸せそうかもって。


元々友達作りがあまり得意じゃなくて、絵を描いたり外で自分用のブランコ作ったり(普通にすごい)動物とたわむれたり、みんなでわいわいするより一人か本当に仲のいい子と静かに遊ぶのが好きな子でした。

自分が他人からどう見られているかいつもびくびく気にしていたけど中身はすごく優しくて子どもに好かれる人。

今は実家から働きに出て家の手伝いもよくやっていると聞きました。

自分で稼いだお金で化粧品やゲーム等好きなものを買って、たまには友達と旅行して、レシートを並べながら家計簿をつける(元々支出計算とかそういう作業が好きらしい)。

実家暮らしだから家に帰れば親とあたたかい食事があるし、なにより今まで小中高大と10数年悩まされ続けてきた人間関係を気にしなくてもよくなって毎日のびのび生きて(るように見え)ます。


幸せってなんだろう。


大学まで行った人は特に、進学して就職して結婚して…そういうプロセスが正解だと思ってる。

学校の先生だってそうでしょう。

なまじ高尚な職業だと思われているがゆえに自分が今まで辿ってきたプロセスに全く疑問も持たないし自分の歩んできた道が正解、それ以外は落ちこぼれ。

無意識にでもそう思ってる先生は多いと思うの。

うちの高校の先生も大体は口を揃えて国立大学国立大学国立大学って言ってた。

たしかに国立大学は私立に比べたら学費も安いしイメージは良いかもしれない。

ストレートで私大に行くより浪人して国立大学に入った方が良いって言う先生もちらほらいました。

なぜなら自分が歩んできた道だから。

ね、ばかばかしいでしょ。

その人の幸せなんてその人にしかわからないのに、幸せにいたるまでの道が全員違うってことに気づいてないの。

恥ずかしながらわたしもこの歳まで気づかなかったわけだけど。

わたしは今国立大学にいるけど高校の時それ以外の道を知っていたら今頃東京あたりで学費を稼ぎつつ美大を目指していたかもしれない。

ifに意味はないのでこの話はとりあえずいいんですけど。


人によって幸せも幸せまでの道のりも千差万別なのにまだ世界の狭い子どもに先生や親は一つの道のりしか提示しない。

その道のりが自分に合わなかった子は大変ですよ。

だって先生や親の言う正解じゃないから。

先生やお母さんの言う通りに生きられない、おかしい、正解じゃない、正解じゃないならなんで生きてるんだ?正解じゃない生き方で生きられるのか?しかし実際生きている、どうして。

そういう生き方もあるしそれがその子の幸せである可能性だってあるってことを教えてほしい。

さっきの子は幸せそうなんだけどやっぱり同年代で有名な大学に行った子の話を聞いたら萎縮すると思います。

萎縮する必要なんて全然ないのに。

まるで人生に正解があるような風潮がその子の幸せを殺している。


これから先生になる人、親になる人は幸せも幸せまでのプロセスもみんなちがうってことを知っていてほしいなあと思います。


就活をひかえた私たちも、自分にとってなにが幸せなのか、譲れないラインはどこなのか、お給料はいいけど毎日毎日仕事に忙殺される日々でいいのか(それが幸せって人も当然います)やっぱり考えないといけないと思います。

だって40年働くんですもん。

日本にいたらだけど。

今まで生きてきた2倍の年数どうやって過ごしたい?それを基準にどう働くか決めていけたらよいのではないかなと。

そもそも将来の夢で職業を聞くのもおかしな話。

将来の夢はたくさんの猫と暮らすこと、とかマイホームで家族団欒とかでも全然良いじゃナァイ!


ちなみにわたしは弱虫ペダルの聖地に暮らして愛車のビアンキと毎週末サイクリングするのが将来の夢です。

ドリームっショ!


自分の幸せを考える、それまでの過程も考える、他人の幸せに口出ししない、幸せは人それぞれであることを肝に命じて生きていきましょう。


そういうお話でした。おわり